半世紀前,基地の街,福生に新日本プロレスがやってきた。メインイベントはタッグマッチでアントニオ猪木、木戸修vsアンドレザ・ジャイアント、グレート・マレンコだった。
初めて生での観戦となるプロレス。小学生だった私は,開場時間まで待ちきれず,帰宅後すぐに,手に入れたチケットを握りしめ自転車で福生市民体育館へと駆け付けた。
まだ誰もいない駐車場。多摩川からの吹く薫風を頬に,ポツンと立っていた。数十分後,巨大なトラックが到着し,リング設備が体育館へと運び込まれていく。
そんな大人たちの間を右往左往し,中の様子を覗き込もうとしていた。
やがてバスが来て赤い揃いのジャージ姿の大男たちが,会場へと入っていく。何とか,潜り込もうとす私。邪魔だと,押しのける関係者。
「中で、見たいのか」と声がした。
「大人しく見てるだけなら良いぞ」会場前,設営が整ったリングでの練習を特別に見せてくれた。
声の主は木戸修だった。
リングの上で,黙々とストレッチを繰り返す選手達。会話も音楽もない中,唯々,続くストレッチと寝技。
テレビで見ていたバックドロップや,ブレーンバスター,ドロップキックなんてない。
コーナーポストの前で両膝を突き,レスラーたちをじっと見ていた猪木が,若手だった藤原,藤波,小沢らと関節の取り合いを始めた。
リングサイドで目を丸くする私を一瞥し「見学はここまで」と長い顎を私に向けて振った。
「ほーい、ここまでね」関係者に伴われ会場の外のへ出た。

夕景の中,福生大会が始まった。

第1試合から興奮状態の私は,尿意と戦っていた。
メインイベントに備え,早めにタンクを空にせねば。
試合の途中,トイレに駆け込み朝顔に向けて放水を開始。
粗相なき様にと,狙いを定めている刹那,右隣に人影を感じた。
そっと横を向くと赤いジャージ,そして大きな顎。
アントニオ猪木だった。
驚きに放水が中断!
おしっこは止まってしまった。
優しく微笑む,燃える闘魂。
大きな左手で私の頭を柔らかく包み込む様に撫でて、出て行った。
手も洗わずに…
メインイベント。
アンドレザ・ジャイアントは想像を絶する巨躯だった。その人間山脈を相手に、猪木はしなやかにリングを駆けていた。

あの日から半世紀。
私の時間は、アントニオ猪木という巨大な分母の上に乗っている。

燃える闘魂とは、
永遠に消えない炎だ。